春の海は複雑だ。
強い風で、水面は波立っているのに、沖の方は光に照らされてキラキラと輝いている。
僕と先輩は、砂浜を歩きながら、遠くにそびえる富士山を見つめていた。
「まもる!富士山も見納めだな。これからは東京タワーか?スカイツリーか?シティボーイ!」
「それも楽しみですけど、やっぱり富士山は素敵ですね。」
富士山はその時々の見る人の気持ちで、違う感じ方ができるものだと、僕は思った。
「まもる、海もお前の旅立ちを祝福しているぞ。」
今日の波音は、力強さの中にも優しさが含まれている気が心なしかする。
「ワイハの波とは、やっぱり違うな。」
「先輩、あたりまえじゃないですか。」
「まあ、せかせか働くのに飽きたら、いつでも見に来るといい、サラリーマン!」
「先輩だってサラリー…」と言いかけて、僕は言葉を飲んだ。
今日は言い返さなくてもいいや。なぜかしら、いつもより先輩が優しく感じられる。
と、突然先輩が叫んだ。
「まもる、向こうの松まで競争だ!
レディ、ゴー!」
「急に、なんすか!」
「俺に勝ったら、いいものやるよ!」
「ホントですか。」
やれやれ、最後ぐらい先輩に付きあっておくことにするか。
そう思いながらも、僕は本気で先輩を追いかけはじめていた。
あと一息で先輩に追いつける、
そう思った瞬間、砂のくぼみに足を取られて僕は転んでしまった。
「まったく、世話のかかるやつだ、ほら。」
地面に突っ伏したまま見上げると、そこには先輩の手があった。
「すいません。」
先輩の手を握り、立たせてもらう僕。
「残念だったな。まあ、その頑張りに免じて、お前にこれをやろう。」
先輩が、ジャケットのポケットから取り出して、軽いスナップで僕に投げてきたのは「みかん」だった。
「なんで、ここでみかんなんですか。」
手の中のみかんと、先輩を交互に見ながら僕は少しあきれた。
そんな僕の戸惑いには気づかないのか、先輩は続ける。
「都会人はビタミンCが不足しがちらしいからな。みかん、たくさん食べろよ。」
良くわからないが、先輩流の思いやりなのだろう。
「ありがとうございます。みかん。」
大の男二人が、富士山の見える砂浜でこんな会話をしているなんて、誰も思わないだろう。
「まもる、これからお前は、海や富士山やみかんを見るたびに俺を思い出すだろう。ふふふ、作戦完了!」
満足げに先輩は決めポーズをする。
「さて、ここでもうひとつ、まもるに渡したいものがある。ほらっ!」
もう一つのポケットから先輩が取り出した、それを見て僕はつぶやいた。
「なんですか、これ?」
「スクープという。」
「スクープ?」
「見たことないか、アイスクリームを丸くすくうやつだ。これがあれば、アイスクリーム屋さんに行った時もバッチリだ!」
そう言いながら、先輩はスクープの持ち手をにぎにぎしている。
※2
僕は、少し混乱した。
「先輩は、アイスクリーム屋さんで、自分でアイスをすくうんですか。そして、なぜここでスクープ…。」
「いろいろ悩んだので、友人達に相談したんだが、やっぱ、実用的なものがいいと思ってな。」
「いやいや、ぜんぜん実用的じゃないんですけど…。」
先輩もその友人達も、少し変わってるなと、失礼ながら僕は思ってしまった。