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ミニミニ・ミニテック協賛:東都大学野球連盟

加盟大学チーム取材 第一弾:駒澤大学

ミニミニ・ミニテックが協賛している、『東都大学野球連盟』の加盟チームに取材をさせて頂きました。第一回目は、“駒澤大学”です。

【駒澤大学 硬式野球部ファン必見!〜名門復活へ!1部復帰への道!!〜】

駒澤大学硬式野球部は1947年に創部。“東都大学野球連盟”に加盟後は、1948年秋2部昇格、1949年春1部昇格と順調に階段を駆け上がり、1部昇格後、2002年春に2部降格となるまで、一度も降格することなく1部で戦い続ける。そして、1962年春季リーグ戦で悲願の1部優勝(※秋季リーグ戦の初優勝は1972年)を果たすと、その後も2年連続で春季リーグ戦を制する。

春の全国大会である“全日本大学野球選手権大会”にも3年連続で出場をし、初出場で準優勝をするも、翌年も決勝で涙を呑む。3年連続で出場した1964年、ついに優勝をし悲願であった“大学日本一”を成し遂げ、名実共に全国区となる。

これまでに、“東都大学野球1部リーグ”優勝27回(春14回・秋13回)、“全日本大学野球選手権大会”優勝6回、“明治神宮野球大会”優勝5回という栄誉を誇る。また、プロ野球選手の輩出数も全国トップクラスであり、大学野球界屈指の名門チームである。

【大倉 孝一監督インタビュー】

≪女子野球日本代表監督から駒大監督へ≫

2016年の秋、一本の電話が鳴った。

相手は元駒澤大学硬式野球部監督で現OB会長の太田誠氏である。電話の内容は、『監督を前向きに考えてくれ』との事であった。その時の心境を大倉監督はこう語った。「こんな大役が自分に来るのかという驚きと、ものすごい仕事のオファーを頂いてありがたいという思いがあった。」

監督の要請が来るとは全く予想していなかったという。その理由について、「“太田誠”“駒澤大学硬式野球部”の二つは、人生の中でリストペクト中のリスペクトをしている人と場所であるため、そんな所に自分が来るなんて全く考えてもいなかった。」と語った。

そして、12月9日に調印をした。

監督就任後、初めてのミーティングで選手にこう語りかけたという。「この駒澤大学野球部にいる目的というのは、四年間で自己成長をすることだ。」 成長の邪魔となるものは要らない。厳し過ぎる上下関係もその一つである。

自己成長する上で、最善な方法は何か?常に選手の成長を考えている。

≪選手との関係≫

選手との距離感も大事にしている。寮ではお風呂、食事を共にし、外食にも選手と出かける。時には監督室に選手を呼んで野球談議もする。

できる限り選手の意見や考えも汲み取ってあげたい。話す機会が多いことによって、良い意思疎通になっている。結果、目指す野球や考え方、課題や目標などが選手にずれることなく伝わる。

≪目論見が崩れた春季リーグ戦≫

1月に入り本格的にチームを見るようになった。2月にキャンプをし、オープン戦を行う中で、出来るところまでチーム力を上げた。

『行ける!』と手応えはあった。しかし、リーグ戦に入ると、3ヵ月では気づかなかったことが出てくる。 当初は2部優勝を狙っていたが、リーグ戦の第2節辺りにはその目論見が崩れ、秋につながるようにと、考えが変わった。

思いもよらない所でのミス、選手の考え方。リーグ戦の中では、ごまかしきれなかったという。おさえなければいけない基礎・考え方を、時間をかけて徹底的に教えていかなければならなかった。

今の選手・チームに、ある程度のポテンシャルは感じるが、力は無いと大倉監督は語る。「練習やオープン戦で、打てる、抑えた等は、力があるとは認めない。リーグ戦での働きが評価になるわけで、そういう意味でいえば力があると今は思えない。」

就任してリーグ戦までの3ヵ月間というのは、あまりにも時間は足りなかった。当初は選手の顔と名前も一致せず、力量も分からない。キャンプメンバーは、監督ではなくコーチが決めた。

しかし、これからこの選手たちと関わっていけることを考えると楽しみでしかたなかった。

≪考えて、守れる野球 負けない野球を≫

大倉監督の目指す野球は、“ディフェンス重視”である。さらにいうのであれば、“考えて守れる野球”。ここに力がないと、計算してゲームを運ぶことが出来ない。

地方でも150km/hを超える投手が多くいる中、そのチームと対戦した時に、どういう野球ができるのかということしかイメージをしていない。
「例えば、プロ注目の投手とあたり、たまたま調子が良くて打ち勝つことができました。という事に対する準備の仕方、術を知らない。でも、打てないなりにゲームを進める準備はできるし、その力をつけさせることもできる。」

仮に130km/h台の投手であろうが、1〜9番が単打しか打てない打線であろうが、勝負はできるし勝つこともできる。 “負けない野球”これこそが“駒大野球”であると。

「5年に一回優勝しました、は嫌だ。勝ち続けたい。」と大倉監督は力強く語った。

秋季リーグ戦に向けての強化ポイントは明確である。

投手力・守備力の強化はもちろん、細かい戦法の意識づけをしていかなければならない。カウント別やゲーム展開など状況によって自分で考え、理解して動ける選手を育てていく事が必要である。

≪大学・OBOG・地域との交流も≫

最後に大倉監督はこう語り始めた。「実はいろんなことをしようと思っているんだ。ここにいる選手を成長させて、日本一になる事は当たり前。それ以外に高校などのOB監督さんたちを集めて、指導者講習会を開催したい。そうすることによりOBのつながりがより深くなる。あとは、大学や地域の方々と選手のつながりをもっと増やしていきたい。」

リーグ戦が終わり、今はOBの高校監督への挨拶や、選手のスカウティングなど多忙を極める。 取材後もすぐに地方へ飛び立っていった。

【米満 一聖選手(主将)・東野 龍二選手(副将)インタビュー】

[米満主将]


[東野副将]

≪反省が多く、課題が明確になった春季リーグ戦≫

「監督が代わり雰囲気がガラッと変わった。オープン戦も調子自体は悪くなく、皆がリーグ戦は行けるぞ!と思っていた。ただそれは勘違いだった。」米満 一聖主将(敦賀気比=4年)は春季リーグ戦をこう振り返る。

スタートラインに立ったばかりにもかかわらず、このままいけば良い結果になると。そんな思いがチーム全体に漂っていたからなのか、春季リーグ戦では隙だらけでミスも多かった。

リーグ戦は、チームとしても個人としても反省だらけだったと両選手は語った。「課題は多くあります。例えば、カウントや点差など、状況によってのバッティングや走塁、また守備などでの細かい動き。数字には出ない見えないミスも多かったので、その辺りを突き詰めていく事が秋に向けて大事だと感じました。」と米満主将は語り、東野 龍二副将(履正社=4年)は、「1部昇格をずっと目標にしてきた中で、4位に終わったという事に対し悔しかった。チームの中心選手としてやらなければいけないのに、引っ張っていけなかったことには責任を感じています。」と語った。

特に競った試合に勝てず、チームとしての弱さを感じていた。

≪チーム全体に一体感が生まれた≫

大倉監督は自ら寄り添ってきてくれる。レギュラーだけではなく選手全員を気にかけてくれているので、試合に出ていない選手もやる気になり、チーム全体に活気や明るさ、一体感が今まで以上に生まれていると二人は感じていた。

時には食事に誘ってくれ、お酒を交わすこともあるという。「会話をする機会が多いので、大倉監督の目指す野球であり、考え方など勉強になる事が多い。また、自分たちの話も聞いてくれるので、主将としてはありがたいし、やりやすい。」と米満主将。

こういった場を設けてくれることにより、監督だけではなく、メンバー外の選手などの想いも知れる。これこそが、より一体感が生まれた要因であろう。

自分たちの役割も明確に伝えてくれる。

「大倉監督からは1戦目と3戦目に投げるということを明確に伝えられていた。その為に準備をすること、やるべきことにむけて、個人だけではなくチームとして取り組めている。」と東野副将は語った。

この約半年間の中で、大倉監督の考え、目指す野球は見えてきた。すぐに完璧にはできないし時間はかかるかもしれない。しかし、常にコミュニケーションを図っているうえで、監督の考えを間違えることなく、すぐに理解できるし、理解もしてもらえる。この意味は大きい。

対面では伝えづらいことも、大倉監督と交換日記をすることによって解消されているという。

≪上級生が一丸となって≫

3年生メンバーへの期待は高い。

力があり、主力メンバーは3年生が多い。ただ物足りなさも米満主将は感じている。「野球のうまさや力はあるが、その他に欠けている部分もある。上級生が一丸となっていかなければいけないので、責任感などがもっと欲しいし、期待しています。」

期待や思い入れがある分、時には厳しくぶつかることもあるそうだ。

≪駒大野球部に入っての成長≫

大学野球のレベルの高さ、駒大野球部の伝統、寮生活の大変さなど初めは苦労が多かった。

「話を聞いていた以上に大変で厳しかった。入部前、周りの人たちからは、良いことばかりしか聞いていなかったので、聞いてないよと(笑)。」米満主将は笑いながら当時を振り返った。

米満主将の昔を知る人は、大学で主将を務めていることに皆驚くという。「もともと人を引っ張る気質は無く、他人にあまり関心も無かった。意見も言える方ではなかったので、主将にはなりたくないなという思いはあったが、実際なってみての変わり様には自分自身も驚いています。」

東野副将は、「初めての寮生活で、色んなことを自分でやるようになって、他人への感謝や配慮など人間性が成長できたことがよかった。」と語った。

≪後輩を神宮へ≫

秋は、大学生活最後のリーグ戦となる。1部復帰は何としても成し遂げたい。

「自分が打ったらチームが一気に乗るような、そんな選手を目指していきたい。その為には練習だけではなく普段の生活態度も大事になってくると思うので、そういった部分を意識して、秋に向けて取り組んでいきたい。」と米満主将が語れば、東野副将は、「試合の後半や競った試合で点を取られてしまったので、精神面だけではなく、体力面ももっと強化していきたい。」と語った。

4年生だけでもない。チームやOBOG、駒大野球部に関わる人、全ての想いは1部復帰である。

≪取材者:ミニミニ 大山(駒澤大学硬式野球部OB)≫

私の現役時代、大倉監督はコーチとしてお世話になり、現在のコーチである新垣氏は同期ということもあり、今回の取材はとても楽しみにしておりました。新垣氏はキャプテンとしてチームを引っ張ってもらい、4年間共に頑張っていた記憶がつい昨日のように思い浮かびます。

駒大野球部の1部復帰を心から願い、皆様の益々のご活躍期待しております。

取材にご協力頂きました、駒澤大学硬式野球部 大倉監督、米満主将、東野副将、ありがとうございました。また、取材日程の調整などをして頂いた、井熊主務にも併せてお礼申し上げます。

[米満主将]


[東野副将]

 

DATA

●駒澤大学 硬式野球部 創部は1947年(昭和22年) 東都大学野球連盟2部に所属

≪ホームページ≫

http://komadai-baseball.sakura.ne.jp/

≪記録≫

・1部リーグ        優勝回数 27回
・全日本大学野球選手権大会 優勝回数  6回
・明治神宮大会       優勝回数  5回

●大倉 孝一(おおくら こういち)

岡山県立玉島商業高校−駒澤大学−日本鋼管福山(後にNKK、現JFE西日本)捕手としてプレー
1996年〜NKK コーチ
2000年〜駒澤大学硬式野球部 コーチ
2001年〜女子野球日本代表 コーチ
2006年〜女子野球日本代表 監督
2014年〜女子野球日本代表 監督復帰
※女子野球日本代表監督としては、2008年・2010年・2014年・2016年にIBAF女子野球ワールドカップで世界一に導く
2014年〜環太平洋大学女子硬式野球部 監督
2017年〜駒澤大学硬式野球部 監督

●米満 一聖(経営4)

敦賀気比高校出身 外野手(右投左打)

●東野 龍二(経済4)

履正社高校出身  投手 (左投左打)

≪主な出身者≫

中畑 清(読売ジャイアンツ−元横浜DeNAベイスターズ 監督)
森 繁和(住友金属−西武ライオンズ−中日ドラゴンズ 監督)
野村 謙二郎(元広島東洋カープ)
新井 貴浩(広島東洋カープ−阪神タイガース−広島東洋カープ)
大島 洋平(日本生命−中日ドラゴンズ)
戸柱 恭孝(NTT西日本−横浜DeNAベイスターズ)
今永 昇太(横浜DeNAベイスターズ)など

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